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 先日、紅葉を見に日光まで行って来ました。朝5時集合という殺人的な計画のかいあって、空気の澄んだ、観光客の少ない時間に現地に到着することができました,おかげで紅葉も白樺並木も、思う存分堪能できたのだ。いいだろ〜。でもそろそろ、遠出をしなくたって、東京にも紅葉前線の下りてくる季節ですね。遠藤氏の家のすぐ近く、羽根木公園の銀杏も、そろそろ色付いてきているはず。介助の帰りにでも、ふらっと立ち寄ってみてはいかがでしょう。
 そうそう、上の6つの俳句は、遠藤氏の作品です。芸術の秋ですねえ。とはいうものの、私、俳句の良さっていまいちわからないのよね。ごめんね遠藤さん。

  もくじ
 ヘルパー北村登場!
 えんとこ最新情報
    >ホームページを開設しました
    >介助者探しの電話当番をしてくれる人を新たに募集しています
    >調査にご協力お願いします
    >介助料が上がりました
    >忘れていませんか?
    >忘年会のお知らせ
 しげるくんのおはなし
 いのち、それが私のメッセージ
 編集後記

へルパー北村登場!

 1O月から、新たな専従ヘルパーが登場しました。中尾君、勇さんに続いて3代目となるわけですが、何やら就職情報誌による募集で、数ある応募者の中から選びぬかれた優れもの(?)だと聞いています。それでは自己紹介していただきましょう。北村君、どうぞー。
 えー、こんにちは北村です。もう私のことをご存じの方も多いかと思いますが、なにやら「えんとこ通信」に就任挨拶を書かなければならないようなので、紙面の一部をお借りして挨拶並びに自己紹介をさせていただきます。
 まずは簡単な自己紹介から。名前は北村充正(「みつただ」と読みます)、生年月日は昭和49年4月12日生まれの23歳(♂)で、出身は東京都の吉祥寺です。今年、日本大学の国際関係学部を卒業し、多少の紆余曲折を経た後こちらで働くことになりました。学生時代は静岡県の三島市で一人暮らしをしていて4年ぶりに東京に戻ってきたわけですが・・・うーん、いまいちという感じです。いや、なんでかっていうとね、温泉や海がそばにな買ったり、五日市街道沿いのお気に入りのラーメン屋がつぶれていたり、やたらにアンケート兄ちゃんor姉ちゃんに声かけられたり・・・ってこんな愚痴をこぼしている場合じゃない!!話を本線に戻します。
 趣味は旅行で、日本の駅巡りをしたり、海にいたりするのが大好きです。パソコンもやっています。スボ―ツ観戦も結構好き(たまに人格が変化します)。 また、好奇心が旺盛なので、日本経済の行く末から芸能ネタまで、知っていることはどんどん教えてちょうだい。
 あと、あだ名についてですが、これは以下を参照してお好きなあだ名で呼んでいただければ結構です,もちろん、みなさんもあだ名があれば教えてください。すぐにそちらでお呼びします。
     北村のあだ名リスト(過去のデ―タから)>
     初対面orまだつきあいの浅い人…北村君、北村さん
        ↓
     少し仲良くなると…北ちやん、北くん
        ↓
     もっと仲良くなると…北ちゃん(これは定番です)、ターキー(北を逆にしただけ)、
               ムツゴロウ(動物にまとわりつかれることがあるから)など
 むう、非常にとりとめのない目己紹介になってしまった。でもこの分で私の人物像を少しでもとらえてもらえれば・・・なんてこと期待しちやあだめですかね?いずれにせよ「えんとこ」にいらっしゃる皆さん、こんな私ではありますが、これからよろしくお願いします。

平成9年10月30日

えんとこ最新情報

ホームページを開設しました
 長年開く開くと言い続けてきて、「いつになったら本当に開くの?」という状態のままできたホームべージ。このたびめでたく開くことができました。まだまだ工事中のところばかりですが、機会があったらのぞいてみてください。周りの人にも宣伝してね!
*ケア生活くらぶホームぺ―ジアドレス
 http://home.interlink.or.jp/~entoko/index.html

介助者探しの電話当番をしてくれる人を新たに募集しています
 これまで基本的に2週間交代で、4人のメンバーにお願いしてきた介助者探しの当番。8月上旬に、携帯電話と引継ノ―トとを紛失するというアクシデントがあったことをきっかけに、すっかり崩れてしまいました。
 苦戦のあげく今は事実上、大場君が一人で引き受けてくれています。でも、このままでいいというわけにはいかない。早急にこれを立て直す必要があります。ついてはやはり2週間を単位として、6人体制を作り、立て直しをはかりたいと思います。携帯電話も、既に買いなおしました。引継ノートも、もう作り直してあります。4人だと、2ヶ月にいっべんは必ず当番が回ってきてしまう。これが6人になれば3ヶ月に一度で済み、かなり労力も軽減できるのではないかと思うのです。これがさしあたって今できる、精―杯の対策・・・。
 8月、9月は東京の周りに人がいないという状況が続き、明日あさっての介助者もなかなか見つからない日々を、追い立てられるように送ってきたのですが、10月に入ってからは自ら進んで予定をうめてくれる人が増えたので、一息ついています。このままいってくれるといいのですが、たとえば1月のことなどを考えれば、そうもゆかないでしょう。

調査にご協力お願いします
 ケア生活くらぶでは、現在の住まいや公共の建物が、介助を必要とする人や介助をする人にとってはたして利用しやすいものかどうかを、実際の生活者の立場から調査する活動をスタートさせました。
 具体的にどのように調査を行うかというと、一冊の調査票を元に、現在の住まいや公共の建物について普段利用して気になる点や改善点を調べます。階段の広さや入り口の広さなど、ケアをする人される人の両方にとって生活しやすい空間とはどのようなものかを考えていきます。そうして集まった様々な意見をまとめて、これからの住まいや公共の建物に対する総合的な提言にしていこうと考えています。
 実際の活動は今年の6月から始まりました。まずは遠藤さんの家の内装やマンションの周辺、近くの福祉センターや駅などの調査を行いました。こうして生活にケアを必要とする人、ケアをする人の立場から普段の生活の場を調べてみると、どこがどうして利用しにくいのか、またどう改善したら利用しやすくなるのかといったことが見えてきました。
 皆さんも、毎日のケア生活の中で困ったなと感じる点、こうだったらいいのになと感じる点がたくさんあると思います。そうした声を例えば、100人の方から集めることが出来たら、それは私たちケア生活者からの「提言」としてまとめることが出来ます。
 まだ調査を始めて間もないので調査の方法を改善したり、調査に協力してくれる方の人数を増やしたりすることが当面の目標です。現在この調査に関わっているのは遠藤さんを含め、約5名です。月に一度週末にえんとこに集合し、えんとこ周辺地域を調べてきました。その間、メンバーの一人の藤原君によってケア生活くらぶのホームべージも完成しました。ホームべージの中でもこの調査を紹介し、協力してくれる方を募集しています。毎回の調査を手伝う必要はありません。例えば調査に協力してくれる方を紹介してくださるのでも、一度調査に参加してみるのでもいいのです。
 この調査を行うことは、私たちの生活の場をもう一度見直し、創り変えていくとてもよい機会になると思います。現在ケアを必要としている人、ケアをする立場の人、どなたでも参加できます。今このえんとこ通信を読んでいる皆さん、えんとこに来ている皆さん、ケア生活クラブの調査にぜひご協力をお願いします。
 連絡先はえんとこです。
   (遠藤滋宅03−3327−1523)

介助料が上がりました
 10月1日より、介護制度の変更がありました。都の制度だった「重度脳性麻痺者介護人派遣制度」(1回8時間分8,240円×毎日、それに区の上乗せが月6回分)が廃止され、それが新しく「全身性障害者介護人派遣サービス」(1回8時間分11,280円×毎日)としてホームへルプサービスの1つに位置づけられることになりました。
 それまで区で月ごとに上乗せしていた6回分については、結局、とりあえずは私のような重度の障害を持つ、一人暮らしのものに対する特例として、「推薦登録へルパー制度」(1回3時間分4,599円×週9回)に週4回分を上乗せするという形で、そちらに振り替えられることになりました。つまりこちらの方は、週13回、ということになったわけです。
 これにともない、えんとこでは時間当たり400円だった介助料を、600円に引き上げます。専従へルパーについても、これまで月17万だったのを18万に改訂します。
 予算を超過した場合は、これまで交通費など諸雑費をそこから支出していた、「重度障害者手当」(遠藤本人に支給)から補います。

忘れていませんか?
 遠藤さんにCDや本などを借りて、返すのを忘れている人はいませんか?
 遠藤さんは、日常のほとんどのことを、頭に記憶することにで管理しています。その記憶力はかなりのものですが、彼も人の子、限度はあります。ですから借りたものは、借りた人が責任を持って、きちんと返しましょう(小学校の生活指導の先生みたい…)。

忘年会のお知らせ
 少し早めですが、忘年会のお知らせ。今年は12月13日(土)の予定です。遠藤宅で5時頃を目安に、早めに来て買い出しや調理を担当するも良し、盛り上がった頃にやってきて、おいしいところだけをつまみ食いして帰るも良し(?)。
 さあ皆さん。今のうちに、手帳に予定を書き込んでおきましょう。

しげるくんのおはなし

 今年も海につかってきました
 例年のように、また今年も西伊豆松崎のわが農場にゆくことができました。一緒に行ったのは、開内さん、渥美くん、平松さん、匿名さん、それに勇くんです。
 はじめの3人は7月31日の夕方、私と一緒に車で、後の2人は翌日の午前中、それぞれに電車とバスを乗り継いで、むこうで合流しました。帰ってきたのは8月3日の深夜です。去年までと違ってとりたてて書くほどの事件もなく、いたって地味な旅行でしたが、3日間続けて海に入ることができて、私の身体にそれが不思議なほどよい影響を与えることを重ねて感じました。
 強いていえば、下田から来るバスの中で勇くんが寝込んでしまって、堂ヶ島まで行ってしまったことです。松崎のバスターミナルで匿名さんと出会った後、暑い車の中でずっと待っていたのに、乗っているはずのバスからも降りてこず、ついに開内さんを残して先に石部の海岸へつれていってもらいました。
 石部を選んだのは、海岸の近くに温泉がでていて、海からあがったら水着のままそこに入ることができるからです。でも、この浜は所々に岩が顔を出していて、私が水の中で歩くのにはやはり少し不向きなので、翌日からは隣の岩地に場所を変え、後で石部に行って温泉に入ってくる、というパターンに変えることになりました。
 山に囲まれた岩地の浜は、ちょうど山の中の湖かと錯覚させるほど静かできれいです。来年こそもっと長くいて、毎日海にはいることができたらと改めて思いました。その余韻は東京に帰ってきたからも二、三週間は残り、その間は身体が妙に軽く、とても楽でした。どんな治療も、これには及ばないんだなあ・・・ 

いのち、それが私のメッセージ

 介助者募集のための私のポスターやチラシに、なにか他にはないメッセージ性のようなものを感じて、それで私の所へ来た、という人がいます。
 来てみたら、ただ毎日の生活の手伝いをさせられるだけで、結局はなにも得られなかった、といって来なくなってしまった人もいます。私の所に来るだけで、なにかを得られる、と思ったということでしょうか?
 私は、たしかに自分がメッセージを持って生きている、と思っています。でも、それはなにかみんなが知らないことを知っているとか、悟れないことを悟っているとか、そういうことではありません。ましてそれを教えてあげられるということでも…。私のメッセージは、その、どうということのない毎日の自分のいのちの営みの中に、こめられています。
 現在の私のいのちの状態は、世間の目から見れば、非常に否定的なものに見えるでしょう。そのいのちが置かれている状況も、決して楽なものではありません。できればああはなりたくない、とたいていの人が思うに違いない。これを読んでいる、あなたはどうですか?
 それをいま、私はいとも簡単に肯定に転じて生きてしまっている。自分のいのちなのだから、自分がそうしようと決めさえすれば、実は誰にもできることなんだよ…。言葉で表わせば、それが私のメッセージ。そしてそれは、たとえば私のような「障害」を持っている人であろうとなかろうと、本当はすべての人に通じる事実なのです。
 私のポスターやチラシにメッセージ性を感じた人がいるとすれば、それは本当はそこに書かれた言葉そのものに意味があったのではないのではないでしょうか。
 言葉は、いま生きている私のありのままのいのちの発露。たとえ私からその言葉が失われる日が来たとしても、他の手段で、私は自分のメッセージを伝えようとしているでしょう。いや、すでにいまでも。
 その私のいのちが、それを支えてくれている他のいのちたちと、一方的にではなく、お互いにいかしあって生きているのだということを、実感したいと欲している…。
 ケア生活くらぶは、そういう私のいのちの欲求から発したものなのです。私を支えてくれている人たちにとっても、単に自分とは違う気の毒な人を助けてあげているというだけでは、どうしてもすわり心地が悪いでしょう?
 与えられる答えに甘んじるのではなく、自ら対象に肉薄する気概を、私は心から求めています。それは私のいのちの置かれた状況に、どれだけイマジネーションをもてるか、ということにも関わってきます。それがあなたの生き方を転換する、契機…!
 あなたと私が、共に自らのいのちをいかしあって生きあえる世界の扉が、そこに開かれています。

編集後記

 読んでくれて、どうもありがとう。
 でもね、実際のところ、原稿のほとんどはしげるくんが一人で書いていて、パソコンの使い方もろくに知らないわたしはただ、本のかたちにして、折りたたんで、封筒に入れて郵便局に持っていくという、実に原始的な部分を受け持っているだけなのです。だから、「もう少しがんばらなきゃ」と、いつもいつも後悔ばかりです。
 でも今日はそんなことが書きたくて、この場をお借りしているわけではありません。しげるくんの文を読んで、一言書きたくなったので…。
 しげるくんは、「自分がメッセージを持って生きてる、と思っています」と書いていましたが、それは彼だけではなく、えんとこに来て、しげるくんと―緒に生活している誰にでも言えることだと思います。
 ただわたし自身のことを言わせてもらうと、えんとこから離れたところでは、いつどんなときでもそうやって生きる勇気はまだありません。
 そんなとき、しげるくんの文を読むと、わたしは安心するんです,「あぁ、彼は今日もたんたんと生きてるんだなぁ」と思うと、気持ちが軽くなるんです,
 ポスターやチラシだけでなく、えんとこ通信に繰り返し登場しているしげるくんの文だって、彼の生き方を目の当たりにしているわたしたちにそうやっていつも、意味のある言葉、“メッセージ”として、伝わっているんじゃないでしようか。
 『いのち、それがわたしのメッセージ』の原稿を受け取ったときしげるくんは、「前にも同じようなこと書いてるけど・・・」といっていましたが、これからだってじやんじゃん書いて、わたしたちにメッセージを送り続けてほしいと思います。
 以上、編集者の独り言でした、チャンチャン。